「僕達が渓谷に着いてから部隊を三つに分けたんです。」
 東屋で話す俺達は花咲く公園で話している様に思える。
が、内容や雰囲気は異常だ。そこかしこから俺達を狙う視線を感じる。
向かってこないところから察すると様子見に来ただけかもしれない。
「部隊を三つに分け進んだんです。盗賊の規模はそれほど大きくは無いって話だったので。」
「で、戦闘はあったのか?」
 首を振るロナ。
「いえ、どの部隊も盗賊を見つける事無くアジトまで辿り着いたんです。」
「その時は誰か……居ましたか?」
「いえ、誰も居なかったんです。日が暮れるまで探索しようって話になり探してたんですが。」
「見つからなかった。」
「はい。人が隠れられそうな場所やアジトの建物を調べたんですが、見つからなくて。」
「で、この森に向かったのですか?」
 キカの言葉に複雑そうな顔をする。
「ちょっと違うんです。見つからなくて盗賊は今回の事を事前に察知して逃げたから街へ戻ろうとしたんです。
戻ろうと集まった時に……。」
 ロナの表情が固まる。視線の先を追うと一人の女が立っている。
目を奪われる、とはこの瞬間のことだろう。背が高く真っ白い肌に腰までありそうな長く漆黒の髪。
鮮やかなドレスを身に纏い妖艶な微笑を浮かべ俺達を見ている。
「あ、の人が現れて……皆の様子がおかしくなって。」
 妖しく微笑む女。
「それで……この森に誘われたんです。」
 女が誘う。
足が勝手に動く。
「ダメ!」
 レオンの声に反応するが動き出した足はそのまま進んでいく。
「あれはカケラです!」
 だろうな。分かっているんだが……くそ、考えるのも面倒になってきた。
後からレオンの声が聞こえる。もう何を言っているのかも分からない。
女に近づくとそれは絶世の美女って表現じゃ物足りない。
優しく微笑み俺の頬にその冷たい指先が触れる。指が離れその先を追うとキカがいた。
心に浮かぶ黒い嫉妬の炎はあっとあっという間に燃え広がり、それは行動へと移った。
俺は剣を向けキカも拳を向ける。
女は離れ俺達を見ている。
「ユイン君! キカさん!」
 誰かの声が聞こえる。がどうでもいい。
今は目の前の敵を倒す。それだけで……あの微笑は俺に……。

 拳を避け剣を突き出すがお互いの攻撃が空を斬る。
目の前の相手が誰なのかなんてどうでもいい。ただ見ていると心がざわつく。
それを鎮めるのは倒す事だけだというのは理解している。
連続で繰り出される拳を避け後に飛ぶ。着地の反動で一気に距離を詰める。
横薙ぎの一閃は相手を捕らえる。弾き飛ぶ相手を追い剣を振りかぶる。
男は背中が地面につく直前に反転し体勢を立て直し、向かって行く俺にカウンターの一撃を放つ。
剣で拳を受けその腕を掴み投げる。そのまま剣を男の首に突き立て……。
 突き立てる直前、俺の剣は弾かれる。
弾いたのは白い服を着た二本の剣を持った女。呆れた顔で俺を見ている。
 声に剣を持った女が反応して俺と倒れている男を蹴り飛ばす。
直後、微笑む女が炎に包まれる。
「な……。」
 驚く俺達を他所に立て続けに風が女を切り裂いている。
よろめく女。炎が鎮まり……その黒煙から出てきた女は傷一つ無かった。
 彼女を傷つけたのは後に居る子供か……。
俺は子供を睨み剣を持つ手に力を込め近づく。
子供は複雑そうな顔で何かを叫んでいるが俺には聞こえない。
白い服を着た女が俺の肩を掴む。
「邪魔すんな。」
 その手を振り払い、子供に剣を向ける。
間に入ったのは槍を持った男。それに、
「まだ、来るのか。」
 さっきまで闘っていた男が後で構えている。
ここに居るのは全員……敵でいいんだな。
剣を構えて間合いを計る。

「いい加減にしなさい。」
 頭を叩かれて……あれ?
振り返ると……ラビットがいた。
「いてて……何が?」
「何が、じゃないわよ。相手は向こうよ。」
「なんでお前がここに?」
「後で説明する。とりあえずアレなんとかしましょう。」
 アレとは美女。
「ユイン君、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。何があったんだ……?」
「……。」
 レオンの顔も怖い。何か俺の知らないうちにとんでもない事をしでかしたらしい。
気になるが……目の前の相手に集中集中。
 女は手に薙刀を持っている。
「レオン、いけるか?」
 俺の問いに、
「問題ないです。」
「分かった。」
 空気が重いが……集中しよう。それからだな。
 俺が駆けキカがレオンを守る位置にいる。ロナが隙を窺いラビットが跳ねる。
薙刀は縦横に風を起こし火花が咲く。
徐々に集まる狐。レオンを狙うかと思えばそうでもなく。
統制された動きに翻弄される、がいつまでもやられている訳では無い。
狐を叩き伏せて司令塔である女を狙う。隙を作ろうとはするが当然狐が邪魔をする。
「すいません。」
「謝るのはレオンさんじゃないですよ。」
「そうですよ。」
 キカとロナがレオンの周りの狐を弾き飛ばしている。
「そうね。」
 ラビットが俺を見て笑う。
「なんだよ。」
「さぁね。ほら来るわよ。」
 俺とラビットが更に前に出る。
「さて、そろそろ終わらせようかしら。」
「だな。」
 涼しい顔してこっちを見ている女。その吸い込まれそうな瞳を見ているとなんだか心がざわついてくる。
「目を見ちゃダメよ。薙刀の動きに注意してなさい。」
「うるさい。こっちはレオンが……。」
「キミは薙刀を止めて。後は私に任せなさい。」
「は?」
「行くよ。」
 ラビットは剣を構え駆けていく。ラビットに群がる狐を叩き伏せてラビットの前に出る。
狐を叩き伏せたその背後から薙刀が突き出してくる。
「ちっ。」
 何とか弾いて距離を詰める。女は驚く事も無くただ立っている。
女の体に突き刺さる剣。手応えも無く女は微笑んでいる。
「レオン!」
 叫ぶ。レオンの声より速くラビットが舞い降りた。
ラビットの双剣が女の体を切り裂く。
悲鳴を上げる女。だが、ラビットは攻撃する手を止めない。
目にも止まらぬ速度の剣は俺の目には光の速さに見えた。
そして女は手を天を仰ぎ……消えていった。

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